■救援物資の仕訳・配送作業
夜寝ていると下から突き上げるような、直下型の余震が続く中、最初の問題は、たき火をしてはいけないという事でした。米をたき火で炊こうと思っていましたから、これにはまいりました。携帯用のガスコンロで炊きましたが20人分の米を炊くには火力が弱く、沸騰しないお湯で炊く米ですから、毎食芯のある米を食べました。
到着後、2,3日がすぎ、体育館から仮設住宅、避難所へと活動範囲を広げていきました。青苗地区はまさに廃墟という状況でした。残った電線に海草がぶらさがり、津波の高さを物語っていました。捜索隊が、まだ服の切れ端がこびりついた片腕を、ビニール袋に入れて持ち運び、そして身元不明の遺体特徴が記された掲示板に群がる人々。そこには「女性・40歳位、へそ下に手術跡、頭部顔面なし」と書かれていました。地元の仲良くなった子供の口から、「父ちゃん死んだ。母ちゃんも死んだ」と聞かされました。また、仮設住宅へ救援物資の配送途中、「おーい、もうそっちへは配るな!」と仮設住宅に住めない老人から罵声をあびせられたり、また仮設住宅に、かぼちゃを1個づつ配っていたら、「うちは5人家族だ!、それでカボチャが1個か!!」と怒鳴られました。ここには生々しい現実がありました。あまりにもショッキングな現実。そしてその現実に対して感じることをやめてしまったかのような住民。考える余裕を与えさせない混乱がここにはありました。 |